企業を直撃インタビューしました特集

有限会社甲賀流

企業概要
たこ焼きの製造・販売。
関西圏を中心に直営7店舗、FC5店舗を展開中。
デパートの催事や音楽イベントなどにも不定期で出店。
プロフィール
1968年大阪生まれ。
生家(現在の大阪アメリカ村本店)で両親が「田中商店」を営む。
1974年 「有限会社甲賀流」創立。
1986年高校卒業
1990年大学卒業後、同社に入社。
2003年代表取締役就任。
2005年直営店第1号を奈良県郡山市に出店。
2014年40周年を迎えた。
総勢約90名のスタッフを率いる社長業に加えて、エリアマネージャー、宣伝広報、たこ焼きの焼き手として現在も店に立つ。

代表取締役 田中由弘さん

スタッフを大切にするからこそ味が守られる
“甲賀流愛”でスタッフの成長を育む

小さな商店からアメ村を象徴する名店へ

昆布やいりこなど、7種類の隠し味と山芋をブレンドした粉に、非冷凍の歯ごたえのある真ダコ。ソースやマヨネーズにも並々ならぬこだわりを持つ、大阪を代表するたこ焼きの名店は、今年で創業40周年を迎えた。

「僕が生まれた頃は、まだアメリカ村とは呼ばれていなくて、三角公園もブランコやすべり台などの遊具がある普通の児童公園でした。そんなのんびりした街で、両親が『田中商店』という店を営んでいたんです。公園の目の前、今の本店の場所にあった古い2階建ての家が住居兼お店。手作りのサンドイッチや弁当を売ったり、ちょっとした日用品も置いたりと、コンビニの走りのような感じです。6歳のときに、親父が店の軒先でたこ焼きを焼き始めたのがきっかけです。『甲賀流』という名前は母親の出身地の滋賀県甲賀郡から名付けたそうです。当時は今みたいになることを想定していませんでしたから、看板もマジックで書いただけの簡易的なものでしたよ」。

幼い頃から両親が働く後ろ姿をつぶさに見てきた田中社長。最初の10年間は、店先で細々とたこ焼きを売っていただけだったが、父親である先代の明るいキャラクターも手伝い、田中社長が高校生の頃には次第にたこ焼き屋として軌道に乗り始めた。

「今でこそグルメ番組で取り上げていただいたり、全国から出店依頼をいただいたりしていますが、昔は家がたこ焼き屋というだけで同級生からおちょくられて…、よく悔しい思いをしたものです。『もっとたこ焼きの、たこ焼き屋の地位を上げよう!』、『有名になって見返してやろう!』って、あまり迷うこともなく店を継ぐことを決めました」。

社会に出ても大きなことができる器じゃない。両親が築き上げた店を継いで育てていくほうが自分には合っていると、弱冠20歳で気付いたという。

「成人式も友人の結婚式も出ず、ずっと店に立って焼いていました。もう腕が、右肩の筋肉だけが盛り上がるくらい(笑)。両親とともに改良を重ね、確立させた今の味には当初から自信がありました。ちょうど同じ頃、アメ村もどんどん人が集まるようになり、甲賀流も認知されるように。アメ村とともに成長したといっても過言ではありませんね」。

その味が評判を呼び、大通りを超えてもまだ長蛇の列ができるほど、いつの間にか甲賀流は、アメ村の集客を支える店へとなっていた。

会社の成長より、まずはアルバイト・社員の成長を優先

2003年に代表取締役社長に就任し、その2年後に奈良で初の2号店を立ち上げた。その後、2年間に1店舗ずつのペースで出店し、着実にそして確実に成長を遂げていく。

「ありがたいことに、今も全国から出店のオファーをいただいているのですが、ここ2〜3年は控えようと考えています。今の既存店を盤石に固めて、各店のスタッフがきちんと育ってからじゃないとね。企業として考えれば、そりゃどんどん出店してスクラップビルドを繰り返したら、業績は上がるんです。しかし、店を増やしても人材の力が追い付いてない状態では、肝心のたこ焼きの味は落ちる一方。僕は10年先の甲賀流を見据えています。会社が大きくなればいいってわけじゃない。社員やアルバイトの生活が潤って、10年先も今の状態を維持できていることのほうが大事だと思うんです」。

現在、10名の社員と約80名のアルバイトが働く同店。特筆すべきは、スタッフの離職率が低く、7年以上勤めているアルバイトが半数近く占めているということ。「たこ焼きの材料と同じくらい人材は大事」と、田中社長は言い切る。

「社員以上にキャリアがあって仕事ができる準社員のようなアルバイトがむちゃくちゃ多いんです。中には10年選手も。もちろん、キャリアに応じて本人の希望があれば社会保険なども付けています。時給も技術レベルに合わせて設定し、年齢も16歳から30代までさまざま。なぜみんな辞めないのかって、ウチは良くも悪くもガチガチのマニュアルがなくてユルイからかもしれません(笑)」。

もちろん、甘やかしているわけではない。頭髪や髭、爪など、飲食店である以上身なりには厳しいが、甲賀流の味を守り、たこ焼きを愛する“甲賀流スピリッツ”を分かち合える人間には、それなりの待遇を与えたいというのが田中社長の考え。多少わがままでも、仕事が出来る、お客様を呼べる人はクビにならないのと同じ理由だという。

「ウチにも遅刻ばかりするけど、仕事ができるバイトがいるんです。普通だったら遅刻の常習犯だから、何回目かでクビを宣告することもあるんでしょうが、僕は正論をぶつけてそういう子を追い込まないんです。『また遅刻したんか。ええよ許したる、その代わりに東京のデパートの催事で頑張ってたこ焼きを焼いてこい!』ってね。本人の挽回するチャンスを作るようにしています。たとえその人間に良くないところがあっても、長所を認めて評価するのが僕のやり方です」。

 “甲賀流愛”さえあれば、だれでも歓迎、成長もできる!

スタッフ同士の結束が強く、一度辞めても戻ってくるスタッフが多いのも同社の特徴だ。

「デパート以外に、サマーソニックなどのイベントに呼んでいただくことも多いんですが、人手が足りないときにLINEで召集をかければ、辞めた人間も集まってくれるんです。本当にありがたいですよね。辞めても、また働きたいって言ってくる子もいます。そんなとき、自分のやり方は間違っていなかったんだと初めて思えるんですよ」。

現在、アルバイトの面接は各店舗の店長に委ねているが、田中社長は基本的に誰にでも門戸を開いておきたいという。学歴も国籍も関係なし。

「僕が面接をしていたときは『やれるか?』、『やります』で採用を決めていましたね(笑)。僕からこんな人材が欲しいという希望は無い。だって、だれしも一長一短があるでしょ?どんくさい子は敬遠されがちだけど、そういう子に一生懸命仕事を教えて壁を乗り越えてくれたら、逃げないんですよね。時間はかかるかもしれないけれど、一度教えたら忘れないし、粘り強い。逆に器用な子ほどソツがないから、すぐに他の店に行ったりね。賢くて器用だからいいとは限らないのが、人材教育の難しさでもある」。

今の正社員10名も、すべてアルバイトからのスタートだ。

「アルバイトから社員になる道は、もちろん常にあります。社員になりたいと申告してくる子には、どこまでスキルを上げたらランクアップできるのか、今足りないものは何か、社員になることのメリットとデメリットをきちんと説明した上で、会社として全力でサポートしていきます。でも最近は、『社員になりたい』と口に出して言ってくる子があまりいないんですよね。消極的というか。会社として考えた場合、やはりもう少し店舗も増やしたいというのは当然のこと。今、出店を控えている理由のひとつでもありますが、アルバイトももっと自分の腕に自信を持ってどんどんアピールして欲しいというのが僕の本音でしょうか」。

これからもっと成長する可能性を秘めている同社。人材、場所、すべての条件が揃えば東京進出も考えていると田中社長。頑張れば頑張るだけ報われるし、認められる。何よりそこには愛がある。これほどアルバイトにとって働きやすい職場は、少ないのではないだろうか。

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